というではないか

 左右衛の言葉に、 典薬頭は ふと眼を曇らせた。
 駄狗が生きていれば、 典薬寮で揉めることなく、 彼に依頼できたのだ。
 今更ながら 彼の死が悔やまれる。

「しかし、 名人は殺されてしまったというではないか埋線鼻
 代わりになる者も 居ないと聞いている」
 唯一の頼みの綱になるはずの男を亡くしたからこそ、 こうして困っているのだ。

「駄狗の忘れ形見が居ります。
 一緒に旅をして 仕事ぶりを知り尽くしている ただ一人の存在ですが、
 まだ たった十五で、 父親を亡くしたばかりでは、
 一人で行かせるわけにはいきません。
 しかし お二人と一緒なら、 役に立つはずです。
 それに、 駄狗が 危険な旅から無事に帰ってこられたのは、
 あの子が居たからだと私は考えています。
 あの子を守る為には、 駄狗自身が生きて帰る必要があった。
 あの子は 駄狗の御守だったのだと」

 衣都を置いて出かけた途端に 死んでしまった。
 一緒に行っていれば、 どうだったのだろうと思う事がある。
 あるいは 無事だったかもしれない。
 そこまで言って、 ふと口をつぐんだ左右衛は、
 穂田里と玲に向きなおり、 強い眼差しを注いで続けた靈恩派

「今度はお二人が、 あの子の御守になって頂きたい。
 そして、 玲様は 穂田里様とあの子を、
 穂田里様は 玲様とあの子を御守にして、
 必ずや無事に帰って頂きたい」
 玲と穂田里は 互いに顔を見合わせた。

 典薬頭は、 うんうんと頷く。
「そうだな。
 天狗苺はぜひとも見つけて欲しいが、
 自慢の息子と 自慢? の弟子を 失いたくは無いからな」
「あっ、 いま微妙に疑問形になった」
「いまさら細かい事にこだわるな」

 出発は三日後の早朝、 東遠見櫓ひがしとおみやぐらの下で待ち合わせることに決まった。
「いっちゃんを よろしく頼みます」
 左右衛が 丸い体をますます丸くして、 深々と二人に頭を下げたsatinique